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進学選択

【文Ⅲ→文学部社会学科】「好き」と「本質的」を追求し続けた駒場時代 ~柳澤さんインタビュー vol.1~

進学選択

2021/06/23

【文Ⅲ→文学部社会学科】「好き」と「本質的」を追求し続けた駒場時代 ~柳澤さんインタビュー vol.1~

# 文科Ⅲ類

# 文学部

# 不動産・建築

# 地方創生

今回は、柳澤拓道さんのインタビューvol.1をお届けします。 柳澤さんは文科Ⅲ類から文学部社会学科に進学し、UR(都市再生機構)で12年間勤務されたのち、現在は休職し長野県佐久市で地方創生へ注力されています。

vol.1では、柳澤さんが文科Ⅲ類に入学されてからどのようなキャンパスライフを送り、どのような考えのもとで文学部社会学科へ進学されたのか、そして進学後はどのようなことを研究されたのかに関して、深掘りしていきたいと思います。

  ── 文科Ⅲ類で入学されたとのことでしたが、それにはどのような理由がありましたか?

中高で勉強を重ねる中で、自分は理系向きではないと感じていました。入学当時は法学や経済学のような現実社会に直結しているものや、「世の中のため」になることを考えるよりも、哲学のような社会から少し離れたものに興味があり、そういった科目を学ぶなら文Ⅲだろうということで、文科Ⅲ類を選択しました。

僕は音楽がずっと好きだったのですが、音楽も何のためにやっているのか?というと、それは社会に役立つからではなくて、単にそのものが美しいからです。それ以上でもそれ以下でもない。学問でも同様のものがあっていいだろうと、そういうことを考えていました。

  ── 前期課程での履修はいかがでしたか?また課外活動は何かされていましたか?

前期課程の履修システムのおかげもあり、哲学に始まり理系向けの相対性理論や量子力学の初歩を学ぶような授業を履修したりと、幅広い科目を学びました。まあ大鬼の授業は避けましたが(笑)。

課外活動ではフィロムジカ交響楽団に所属し、中高時代から続けていたチェロの演奏に励みました。フィロムジカ交響楽団は部活ではなくサークルだったので時間の余裕はそれなりにあったのですが、僕はチェロを弾くのが本当に好きだったので活動時間外でも友人と少人数で集まって演奏するなど、音楽に没頭した生活を送っていました。

あれだけ自分の好きなことを好きな時に好きなだけできる時間って学生時代が終わるとそうないので、とても貴重だったと思います。今ではチェロをきっかけとして他の人と繋がることができたり、その繋がりが回り回ってお仕事につながったりもしています(笑)。

就職を意識すると、どうしても社会とのつながりを求めたくなると思いますが、そもそもつながろうとしている社会が正しいかどうかだってわからない笑。徹底的に社会から離れてみるのも面白いのではないでしょうか。そこまで思索できる時間があるのが、学生時代の特権だと思います。

↑学生時代の音楽の探究が現在も人とのつながりを広げている。

  ── 進学選択では文学部の社会学科を選ばれたとのことでしたが、どうしてこの学科を選択されたのですか?

学者になりたいという思いの一方で、就職しないといけないという事情が見えてきて、これまで大学1,2年を通して学んできた哲学を、その段階でようやく社会に接続させてみたらどうなるのだろうかということに考えが浮かびました。社会学であれば幅広く社会を捉え直すことができますし、社会そのものを観察したり疑ったりすることもできるので、今までの社会に対する穿った見方を社会学を通じて自分なりに整理してみようという思いを抱くようになり、進学先を社会学科に決めました。

  ── ちなみに他に検討されていた学科はありましたか?

教養学部の国際関係論コースも気になっていましたが、そこは社会自体より政治に関する研究が多い学問分野でした。社会学ではシニカルに社会を見ている人がたくさんいるので、自分の培ってきた穿った見方は社会学の方がよりフィットするだろうと思いました。

  ── 社会学科に進学されてからは具体的にどんなことを研究されたのですか?もし進学前と比べて学ぶ内容にギャップなどがありましたら、そちらもお教えください。

はじめは、社会学は社会をマクロ的に捉えられる学問として認識していました。要するに、上から俯瞰して社会がシステムとしてどのように機能しているかを捉えるものだと思っていたんですね。実際に社会学にはそういう側面もあるのは事実ですが、しかしこの考え方は社会学の主流の中ではとっくに頓挫していました。社会学者も社会の構成員の一人に過ぎないし、あまりにも広すぎる社会を一元的に論じることはできないのです。では社会学は何をできるのかと考えたときに、社会の中に入った観察者として自覚を持ちながら、人々の言説を通してそれぞれの人から見た社会を論じていく、という手法が望ましいと思い、実際この考え方が主流となっていました(=社会構築主義)。そのため卒業論文においても当初は「自分の視点から見た社会を記述するんだ!」と意気込んでいたものですが、結果的には著作権法と音楽の関係性を明治時代から言説分析するというテーマ・手法で論じました。著作権法はもともとヨーロッパ発祥のものなので、日本人がどのように受容し、これを受け入れる過程で日本の音楽にどのような影響を与えたのかを考察しました。