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進学選択

【文Ⅱ→国関】「国関は多様な視点から物事を眺める場所」~坂本さんインタビューvol.1~

進学選択

2021/06/01

【文Ⅱ→国関】「国関は多様な視点から物事を眺める場所」~坂本さんインタビューvol.1~

# 文科Ⅱ類

# 教養学部

今回は、文科Ⅱ類から国関に進学し、卒業後はP&Gマーケティング、海外大学院留学、国連WFP、そしてJICAと様々な場所から国際協力に貢献されてきた坂本和樹さんのインタビューvol.1をお届けします。vol.1では、坂本さんの学生生活や国関の魅力についてお伺いします。

 ──入学時に文科Ⅱ類を選ばれたのは何か理由があったのでしょうか?

消去法に近いかもしれません。法律にあまり興味が無かったんですよね。経済学部に進学して経済産業省の官僚や企業の経営者になるといった方面に興味があるなと漠然と思い、文科Ⅱ類にしました。



 ──では、その時は現在のキャリアである国際協力ではなく、経済に興味があったということですか?

そうですね。私は帰国子女でもないですし、パスポートも大学の卒業旅行で初めて作りました。なので海外の問題について全然知らなかったんですよね。大学1年生の時に中西徹先生の開発経済の授業を受け、フィリピンのスラムの問題などを聞いたのがきっかけで国関に行こうかなと思うようになりました。



 ──それでは、進学選択の時に迷われたのは、経済学部か国関の2択だったのですか?

その2択でした。迷ったというよりは、国関に行きたかったのですが点数が結構ぎりぎりだったんです。リスクを取って国関に出すか、経済学部に行くか迷いましたね。運動会の軟式野球部に所属して週5回くらい部活をしていたので、正直国関に来る他の人と比べても勉強量としても足りなかったのもありました。かなりどうしようかなと思ったのですが、思い切って出しました。



 ──なるほど。どちらに行きたいかで迷っていたというよりも、気持ちとしては国関に決まっていたということなんですね。それには何か決め手があったのですか?

先ほどの中西先生の授業が一番のきっかけですね。途上国には日本より顕著で明確な社会課題が残っていることを知り、発展途上国の知識を深めたいと思いました。加えて、中西先生はいわゆる経済学、マクロ経済学などに対して批判的な立場の方で、もともと経済学部の教授だったのにも関わらずネットワーク論や人の非合理的な行動に着目している方でした。その時の私が経済学部へ持っていたイメージは数学を使って最適解を出すというものだったのですが、その考え方では世の中が良くならないこともあるのだなと知って、経済学部ではなく国関に行こうかなと思いました。



 ──そうだったんですね。実際国関に入ってみて、良かったなと思ったことはありますか?

卒業してから10年ほど経った今になって一番良かったなと思うのは、人数が少ない学科だったこともあって、卒業後も繋がりが強いことです。つい先週も国関の友達に会いました。同じような問題意識を持った仲間がいたし、それが今も続いているというところが良かったなと思いますね。

また、国関の授業は課題文献を読む量が多いんですよね。必修のゼミの前に読んでくる文献が英語で50ページ程ありました。それを頑張って読んでいたからこそ、仕事や大学院で英語が出てきても抵抗が無かったことはありますね。



 ──国関では、途上国開発に興味がある人がほとんどという感じなのですか?

人によりますが、その方が若干多かった印象がありますね。一方で、特定の地域に興味がある人もいました。例えば、アメリカに興味があって、アメリカと日本の比較政治で論文を書いていた人もいました。また、国際政治に興味があって、日本の外交問題に興味がある人もいました。自分の代は外務省に行く人も多かったですし、法学部に興味分野では近い人もいるのかなと思います。



 ──そうなんですね。法学部や経済学部で専門を持つのではなく国関で学ぶ良さを教えていただけますか?

私は1つの学問に集中することで何かが学べる自信があまりなかったですね。世の中は複雑で入り組んでいるので、色々な問題を分野横断的に見ないと、最適解は出ないのかなと今も思っています。国関では国際法、国際経済、国際政治を学べるので、結果的にどれも中途半端にしかならないかもしれないですけど、途上国の問題や外交問題を様々な角度から見る訓練にはなります。そっちの方が自分の性には合ってますね。見方を決めてしまう事で他の角度から見える答えが出ない状態はあまり好きではないという思いはあります。



 ──国関に入って想像と違ったことはありますか?

みんなすごく勉強するなということですね。私は文Ⅰ・Ⅱのスペイン語のクラスだったのですが、クラスの中には授業に毎回は出席していない人もいたんです。一方で、国関での周りの学生は授業に行かないということはまずないですし、授業以外の時間もしっかりと勉強していました。それは良い意味でも悪い意味でもギャップでしたね。自分は運動会で4年生の7月までほぼ毎日部活があり、みんなと同じペースでは勉強を続けることはできず、そこの部分は若干のいづらさはありましたね。

でも、そのような優秀な人たちと出逢い、切磋琢磨できたのは非常によかったです。自分は卒業後に外資系企業に入ったり、国連やJICAで働いたりしていますが、間違いなく一番自分が尊敬できる人が集まっていた団体は国関だったなと思っています。

 ──なるほど。先ほど運動会のお話もされていたかと思いますが、部活は大学1年から4年までずっと続けられていたのですか? 全国大会にも出場されたと伺っています。

そうです。2年生の時に創部以来初めて全国大会に出場し、その翌年も出場することができました。練習は週5回くらいのペースでやっていましたね。



 ──部活をやっていて良かったなと思うことはありますか?

勝つという明確な目標に向けて限られた時間や能力をどう使っていくかという戦略を作ったり練習メニューに落とし込んだりという経験が、特に民間セクターでビジネスをするときにかなり近いものを感じました。東大生で運動能力自体は必ずしも高くない中でどう知恵を絞って勝つかというところはビジネスに役立ったなと思います。

 ──ありがとうございます。では、逆にこれをやっておけば良かったなと思う事はありますか?

これは運動会での部活とトレードオフなんですけど、学科の同期の半分ほどがしていた留学はしたかったですね。また、海外NGOやスタートアップでのインターンもしておきたかったです。特に途上国のNGOでのインターンをしておくとその後のキャリアの見え方も変わって来るだろうですし、何となくのイメージでキャリアを進めるよりは現場を見ておきたかったなと思いますね。