hero

留学

米国留学で学んだ自由な生き方と商社への入社理由 ~佐藤さんインタビュー vol.2~

留学

2021/08/12

米国留学で学んだ自由な生き方と商社への入社理由 ~佐藤さんインタビュー vol.2~

# 女性のキャリア

# 留学

# 文科Ⅲ類

# 文学部

# 商社

今回は佐藤有里香さんのインタビューvol.2をお届けします。 佐藤さんは文科Ⅲ類から文学部社会学科に進学され、住友商事で4年間勤務されたのちに退職され、現在は2021年9月からのイギリスの大学院留学に向けて準備をされています。 vol.2では佐藤さんが留学をされたお話から、就活で悩んだ末に下した選択に関して、深掘りしていきたいと思います。

  ── 続いて留学の話に移っていきたいのですが、いつごろから留学を考え始めたのですか?

もともと国際関係のお仕事に興味があったということもあったので、入学前から留学したいという思いはぼんやりと持っていました。ラクロス自体ももちろんとても楽しかったのですが、部活以外のことにも挑戦してみたいという葛藤もありました。

  ── カリフォルニア大学デービス校を選ばれた理由を教えてください。

とにかくアメリカに行きたくて(笑)。スターウォーズとかバックトゥザフューチャーとか、アメリカ映画が大好きで、憧れがあって「The アメリカ」という暮らしをしてみたかったんですね(笑)。ちょうど東大がカリフォルニア大学と協定を結んでいたこともあり、デービス校への留学を決意しました。

  ── 留学の1年間はどうでしたか?

特に英語が得意というわけでもなく、スピーキングの能力は全然だったので喋れない状態のまま留学が始まりました。当初は人と一緒にいても聞き取れない、話せないの悔しい日々が続きました。でも、とにかく聞く回数を増やして喋る回数を増やして、話せるようになろうと努力しました。海外の大学って日本と違くて課外活動が半年ごとにリセットされたりするんですよね。それもあって模擬国連、テコンドー、UNICEFのファンドレイジングなど沢山のコミュニティに所属して、聞き取れなくてもその場にいてくらいついて「今日は2回は発言しよう!」などと目標を決めて頑張りました。あとはNetflixでひたすら海外ドラマを見てシャドーイングをするなど、強制的に英語漬けの日々を送りました。こうしているうちにちょっとずつ話せるようになっていきました。

最初は誰しも考えてからじゃないと話せないという状況だと思うのですが、次第に考えながら喋ることができるようになってきて、話せない時でも言葉をつなぐ能力が身につきました。

  ── 文化的な面での刺激はありましたか?

中高は女子校だったので伸び伸びと過ごしていたのですが、東大での最初の2年間は様々な規範を感じ、大学生として外れないようにという生活をついつい意識していた気がします。ただ、カリフォルニアは本当に自由というか、スーパーマーケットの店員さんが歌いながら接客してくれたりとか、みんながのびのびと暮らしていました。人にどう見られるかということを気にしないで、自分のやりたいように生きればいいんだと気付くことができたと思います。

  ── いまはコロナ禍でなかなか難しい状況ではあると思いますが、いまの東大生にも留学は勧めたいですか?

勧めたいですし、絶対に損はしないと思います。行ったらとにかく色々な人に会いに行って、沢山のコミュニティに所属してコミュニケーションを取るということを意識してもらいたいです。興味を持ってやってみたことの数が確実に成長につながると思います。

  ── ファーストキャリアでは商社に就職されたということですが、これにはどのような経緯があるのでしょうか?

女性の経済的エンパワーメントに関する仕事と途上国に関する仕事の、どっちを選ぼうかなと非常に悩みました。前者についてはシンクタンクや公務員、後者については商社とあらゆる可能性を考えました。とにかく悩んで、今まで社会学とかビジネスとはあまり関係のないところを勉強してきたのですが社会はビジネスによって動かされている側面があり、大きな社会変革を起こすには民間企業の果たす役割が大きいと感じていたので、一度ビジネスを勉強してみるのもありかなと思い、最終的には商社を選択しました。

  ── 商社の決定打となったのはどこなのでしょうか?

商社はモノを有していない分、人を大切にする文化があると感じました。人に投資をしてくれる環境でファーストキャリアを積めば成長できるのではないかと考えました。あとは30歳までに途上国の現場で働きたいと考えていたので、海外赴任の可能性も考えて決意したというのもあります。最後は本当に悩みすぎて、最終的に内定をいただいた国家公務員と商社のproとconを書き出して点数をつけたりとかそんなこともしましたね(笑)。まあでも最後は、実際に働かれている人を見て、自分に合いそうだなというフィーリングで決めました。