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【社会学科→博報堂】広告会社への就職と、外資系広告代理店への転職〜大橋さんインタビューvol.2〜

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2022/04/10

【社会学科→博報堂】広告会社への就職と、外資系広告代理店への転職〜大橋さんインタビューvol.2〜

# 文科Ⅲ類

# 文学部

# 広告・マスコミ

# 女性のキャリア

今回は大橋久美子さんのインタビューvol. 2をお届けします。大橋さんは文科Ⅲ類から文学部社会学科に進学され、博報堂に就職されたのちにJWT、LIFULLに転職され、現在は独立されてブランドストラテジストとしてご活躍されています。vol. 2では、博報堂を就職先として選ばれた理由や、転職を経て企業からの独立を決めたきっかけなどについてお聞きします。

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──広告業界の中でなぜ博報堂を選ばれたのですか?

大橋さん

博報堂には生活総合研究所というシンクタンクがあり、その組織が非常に魅力的だったからです。広告のターゲットとなる人々の生活全般のことを捉えるために、多角的かつユニークな視点で世の中の動向を研究・提言し、未来を誘発する、世界にも例のないシンクタンクということで、生活総研が発表するものは社会学的視点と未来を生み出すクリエイティビティやビジネスの視点が融合したような、とても面白いものでした。実際に、「消費者」の代わりに「生活者」という言葉を生み出したのも、生活総研だと言われていて、そのような人々の生活に視点を置いた考え自体が、私にとって魅力的でした。このようなシンクタンクがあることに象徴されるように、当時から博報堂は、生活者発想のマーケティングが強いとされていたこともあり、私がやりたいことをやれそうだと思いました。これらを総合的に判断して、博報堂に入社を決めました。

──実際に博報堂ではどのような業務をされていたのですか?

大橋さん

初めは生活総合研究所で働きたいと思っていたのですが、そこは10人ほどの小規模な組織で、就職してすぐに所属できる組織ではありませんでした。まずは現場の仕事をよく理解していた方が良いのではと思い、マーケティングプランナーとして、商品開発や根本的な企業戦略の考案等をしていました。トレンドを調査したり、デスクリサーチ等を読み込んだりしながら、現代の生活者が何を求めているのかを見出して、さらに調査をして需要を検討していくということをしていました。

──学生時代の就活の軸と、お仕事の内容がずっと一貫しているように感じたのですが、最初の就活の段階から広告業界での仕事が、ご自身の天職だと感じていましたか?

大橋さん

就活の前から『東大社会学科卒』という本を読んだり、社会学のゼミで消費社会論等を勉強したりしている時は、天職であると信じてやまなかったです。しかし、自分の中で広告業界で働く妄想をしていた分、実際に就職してギャップを感じるところはありました。

──博報堂で入社前後で感じたギャップはどのようなものでしたか?

大橋さん

これまで述べてきたように、私自身は人間や社会、歴史に興味を持っていて、マーケティングという仕事はもっと定性的に人間心理等を分析していくものだと思っていたので、思っていたよりも実際は数字・データ主義で、深い洞察ではないと感じてしまいました。もちろん、今になってみれば、自分が未熟だったからだとはわかるのですが、当時はちょっと自分の思いとずれてるなあと感じていました。

──これまでいくつかの企業に転職されていたと思うのですが、その転職の経緯や、最終的に企業からの独立を決めたきっかけについて教えていただけますか?

大橋さん

博報堂に勤めていた期間の後半から、日本のブランドを海外でブランディングするという仕事が増えていて、それが自分の一番やりがいがある仕事となっていました。そして私は海外で日本のブランドをブランディングをしたい、それが自分のライフワークだと思ったタイミングで、ひょんなきっかけからJWT(J. Walter Thompson:現在は合併してWunderman Thompson。外資系の広告会社)から声がかかりました。JWTは欧米だけでなくアジアで強いブランド・エージェンシーだったので、日本企業とは違うやり方があるのかなと興味を持ち、JWTへの転職を決めました。JWTはブランド戦略プランニングを世界で最初に構築し取り入れたエージェンシーです。実際、人間の普遍的な価値をとても大事にしていました。JWTでは、ブランドの本質のことをブランドの根っこと呼んでいました。。根っこは目に見えない木の下にあるものですが、その根っこがないと木も強く育っていかないからこそ、根っこを大切にしようという考えがありました。他社との合併をきっかけに、そのJWTのカルチャーが変わってしまいましたが、最終的には自分が大切にしてるものがなくなってしまったなら自分でやれば良いと思い、独立を決意しました。

──日本のブランドを海外でブランディングすることにやりがいを感じられていたということでしたが、元々仕事をするうえでの海外志向はありましたか?

大橋さん

あったのかもしれないです。マーケティングにおける海外との仕事は、外資系のブランドを日本でブランディングするか、日本のブランドを海外でブランディングするか、の2つのパターンがあります。元々日本の文化が大好きだったので、日本のブランドがうまく翻訳されて海外で成功してほしいなという思いが強く、日本のブランドを海外でブランディングすることに興味がありました。


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