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【官僚→弁護士】弁護士資格を持つ私が新卒で官僚へ就職した理由~山口さんインタビューvol.2~

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2022/05/12

【官僚→弁護士】弁護士資格を持つ私が新卒で官僚へ就職した理由~山口さんインタビューvol.2~

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今回は山口真由さんのインタビューvol.2をお届けします。山口さんは在学中に司法試験に合格され、東京大学法学部を卒業後、新卒で官僚として就職されています。vol.2では、弁護士ではなく省庁へ就職された理由や、弁護士への転職、そして再び大学へ戻られたご経験についてお聞きしています。

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──弁護士でなくなぜ官僚の道を選ばれたのでしょうか?

山口さん

弁護士もいいなとは思ったのですが、元々官僚志望だったというのが理由として大きいです。迷っていた時に弁護士事務所の先生から、小学校5年生からやりたいなら一回やってみたら? と言われて。とにかく一回やってみようかなと思いました。官僚から弁護士になることはあっても、弁護士から官僚になるのは難しそうだったというのも大きいです。

──財務省を選ばれたのはなぜですか?

山口さん

外務省に落ちたからですね(笑)。もともとは外交官になりたいなと思っていたんですけど、官庁訪問は合う、合わないの問題で、私は外務省に合わなかった。財務省は評価してくれた、ということで、ご縁でしょうね。

──その後、官僚から弁護士になられましたが、官僚をやめられた理由はなんだったのでしょうか。

山口さん

財務省は家族型、温情型、ウェットな感じで、いい組織でした。でも私は財務省にうまくはまらないなとも思いました。私は自分が決めたことは自分が決めた通りにやりたいタイプなのですが、財務省という組織は、政治などの外的な要因で、それがガラガラと崩れていく。政治の中枢と渡り合うのだから、それはある意味当然のことだし、それに耐性がなければならない。私自身は、そういうのが向いているタイプではないなと思いました。

もう一つは組織に不満を持ったときに、自分が悪いのか、組織が悪いのかという問題です。本来ならば、自分自身が改めるべきところを修正して、組織に適応してくのが理想。

大学を卒業するまでの私は、過剰に自分を責めていました。自己肯定感も低かったし、東大に入ってまわりはみんなものすごく優秀に見えたし。私、ダメだ、私、もっと頑張らなきゃみたいな。

それが、東大を卒業するときに1番の成績といわれて、一気に私できる人って感じになって。それで、自分が評価されないときに、以前みたいに自分で頑張ろうというよりは、自分を評価しない組織が悪いんだ、みたいな。

学生時代は自分を責め過ぎていたし、社会に出てからは組織を諦めるのが早かったのかな。本当はバランスが大事だと思います。

──官僚をやめられた後、いろいろな選択肢があったかと思いますが、弁護士の道を選ばれたのはなぜでしょうか?

山口さん

司法試験に受かったのに一回も使わないのはもったいないなとおもって(笑)使わなかったらただの資格なので、一回使ってみようと思って弁護士になりました。

──弁護士としてどのような活動をされていましたか?

山口さん

私はM&Aを主にやっていました。開示された資料をひたすら読むことが多かったですね。

──弁護士時代の留学のお話を聞かせてください。

山口さん

弁護士事務所の制度で留学をしました。当時、弁護士事務所でも十分に評価されていないと思っていました。そのころ、新聞や雑誌、テレビなどから取材を受けるようになり始めたのですが、その時私がいた事務所は保守的で、メディアにそういう出方をするのはよくない、やめなさいと言われて、事務所の中で孤立していきました。そういう状況をどうにか打破したいという気持ちの中で、私にとっての留学は、ある種の逃避でした。

だけど、現地に行った後は本当に大変でした。社会に出てからずっととてもつらいと思っていたけど、まださらに深い谷に落ちるなんて。なにが大変かというと、とにかく英語ができなかったこと。傘が欲しくてお店に入って“Umbrella”といっても、“I’m sorry?”と言われるんですよ。“umbrella”という中学校レベルの単語すら、私の発音が悪すぎて聞きとってもらえないのは衝撃的。

日本にいるときは、周りの人が自分より優れているというフィクションを作って、それと戦っていたのですが、留学に行ってみるとそれはもうフィクションではなく、リアルでした。その挫折感から立ち直るのにはとても時間がかかったのですが、社会人になって初めて、学生の頃と同じような気持ちで、人の3倍、5倍努力してみようと思って、レポートを書きました。日本の英語教育は聞く話す特化ではないので、授業中にネイティブと対等に議論をするのは無理なんですよ。何を言っているか全然わからなかった。でも、文法はきっちり学んでいるから、読み書きはできる。それで、レポートを読んだ先生がエクセレントと評価をくれた時に、居場所を見つけたと思いました。その先生が家族法の先生で、そこから家族法にのめりこむようになりました。

──その後東大で博士を取得されていますが、なぜ大学に戻られたのでしょうか?

山口さん

卒業式の時にスティーブン・スピルバーグのスピーチを聞いたんですね。彼は10代の時に父親からカメラをもらって、その瞬間に自分が何をすべきかわかった、と。それで、大学を中退してるんですよ。彼のスピーチの中で、「君たちの中で、自分と同じレベルで自分が何をしたいか確信している人は少ない」と言われて。確かにそうだなと思ったんですね。その時私は、財務省の扉を開けて、ここに居場所はない、法律事務所も自分の居場所じゃない、と感じていて、そのたびに自分が削られる感覚を感じていました。でもそんなのは普通のことで、自分が最初に開けた扉がドンピシャで、そこが自分のための居場所である、なんてことはめったにないんですよね。それこそスピルバーグくらいのラッキーがないと。だから私は全ての扉を開け続けて、最後に開けた家族法という扉が自分にとっての最後の居場所になればいいな、と思っているんですけど、それでいいんだな、と思えました。

社会人になってから迷走し続けていて、元弁護士、元財務官僚、と“元”が増え続けていて落ち込んでいたのですが、これが当然なんだと思えたのは大きかったです。特に東大生は選択肢が本当に多いじゃないですか。最初に開けた扉にハマらなかったときに、自分が悪いんだ、組織が悪いんだと思わずに、私みたいにすぐやめろとは思わないですけど、はみ出しながら次の扉を見つけるのが一番大事なんだなと思います。


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