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進学選択

【井上慶昭】自分のやりたいことは何なのか…進振り前に考え直し出した結論とは? ~ TURING株式会社インターン 井上慶昭さん vol.1 ~

進学選択

2022/06/27

【井上慶昭】自分のやりたいことは何なのか…進振り前に考え直し出した結論とは? ~ TURING株式会社インターン 井上慶昭さん vol.1 ~

# インターンシップ

# 工学部

# 理科Ⅰ類

今回は、理科Ⅰ類から工学部機械工学科に進学され、現在学部4年に在籍しながら完全自動運転の実現を目指す会社、TURING株式会社にてエンジニアとしてインターンをしている井上慶昭さんのインタビューをお届けします。vol1では、進振り時のエピソードや、TURINGに参加される前までの学生生活についてお聞きしました。

ーー井上さんは理科Ⅰ類で入学されています。その理由は何だったのでしょうか?

井上さん

現役の受験の時は理科Ⅱ類を志望していました。それはもう単純に入りやすさ、最低点的に理科Ⅱ類を選んでいました。ただ、浪人して自分が何をしたいかということを考えたんです。自分はものづくりをしたいと思っていたので、工学部に進学したい。そうなると進振りで工学部に行きやすいのは理科Ⅰ類ということで理科Ⅰ類に変更しました。浪人を経て受験の点数的にも余裕が出てきたこともあります。

ーーそのあと進振りでは機械工学科に進学されていますが、これは最初から決めていたのでしょうか?

井上さん

機械に行こうと思ったのは実は進振りになってからです。その前、1年生の冬くらいでは計数工学科を志望していました。元々コンピュータやプログラミングが好きで、調べたりスクールに入って勉強していたので計数ではそういった勉強ができそうだと思っていたんです。それに加えて、神経科学やBMIといった自分の興味のあった分野をやっている先生がいて、そこに興味を持って志望していました。神経科学やBMIといった分野は幼少期から興味があったんです。人の移動という極めてアナログだが人間社会に不可欠な要素に興味があり、それを大きく変えうる考えとして、テレイグジスタンスという概念があります。移動することなく遠隔地で活動できる、どうやってそのような技術を作るのか、という入口で神経科学やBMIに興味をもっていました。大学1年生の頃には、頑張って貯めたバイト代でカンデル神経科学という15,000円もする1,700ページの神経科学の名著を買って読んでいたくらいです。

それで志望していたんですけど、やっぱり計数って進振りに必要な点数が高くて難しいじゃないですか。進振りの第一段階は計数に出したんですけど通らず、そこで改めて学科について考え直しました。計数を志望していた理由って自分が今できること、できそうなことを軸に考えていました。プログラミングや神経、BMIの話ですね。考え直すにあたって、自分がやりたいことについても目を向けてみたんです。すると、ものづくり、特に車が好きだったので機械系にも目を向け始めた結果、機械工学科を選択しました。

ーープログラミングのスクールに入っていたということですが、どんなところだったのでしょう?

井上さん

42 Tokyo というスクールです。完全無料のスクールなんですけど、入るには4週間のPiscineという試験があって、そのPiscineで基準をクリアした人だけが通うことができるんです。僕は同じクラスの友達と2人で1年生の2月に参加しまして、その友達がすごくプログラミングできる友達だったので協力してやっていました。その友達は期間中膨大に出る課題を全部終わらせたりしていて(笑)僕はコンピュータ内部のメモリ操作とか触ったこともなかったんですけど、その友達に追いついてやろうと思って必死に色々調べながらやっていました。そうやって毎日10時間とか12時間とかコード書いたりして必死にやっていたら合格しました。

42ではプログラミングの基礎やコードレビュー、チーム開発の手法といったことを学びましたね。RUSHという3人チームでの開発課題があるのですが、そういうところで他の人と共同で開発したりとかお互いコードを読みあったり、なぜ自分がそのコードを書いたのかということを人に説明したりする中で、「集団の中で開発をする力、経験」というものは大きく学んで、今もインターンなどで活きていることだと思います。僕は途中で進路との乖離から42の課題を解くのをやめてしまったので3年生の秋に終了してしまったんですけど、そうした経験を積むことができました。

(※42Tokyoでは、課題を期限内に提出することができないと退学となってしまう、Black holeという制度がある。)

ーー他に教養学部時代は何をされていたのでしょうか?

井上さん

サークルでいうと、海洋調査探検部というスキューバダイビングとキャンプをするサークルに入っていました。大きい活動としては夏休みや春休みに沖縄とかの離島に行って、そこでキャンプをしながらスキューバをしています。

あと大きなことでいうと、1年生の夏休みにイギリスに留学しました。英語を身につけられるときにやった方がいいかなというのと、単純に時間があったので留学したんです。午前は昼過ぎまでイギリスの語学学校で英語を勉強して、午後は学校の人と街に出たり博物館行ったりしていました。

ーー留学を通して何か変わったことはありましたか?

井上さん

なんかあんまり色々なことに躊躇いがなくなりましたね。出来なさそうだからやめとこうみたいな発想ではなくて、とりあえずやってみよう、できなかったらできなかった理由は何なのか、それがはっきりしたらそれをクリアしたらいいんじゃないかみたいなそういう考え方になりましたね。

元々僕は英語ができる人ではなかったので、イギリスに行ったばかりの時はまず相手の言っていることが分からないし(笑)だから何のコミュニケーションも取れない状態だったんですけど、徐々に聞き取れるようになってコミュニケーションも拙いながら取れるようになりました。自分の言いたいことが完璧に伝えられるわけではなかったんですけど、コミュニケーションは何とかなるっていう体験が結構あって、そういう日常のことも通して「なんとかなる」という精神になったのだと思います。

ーー1年生の頃に将来のキャリアというか、将来設計のようなものは持っていましたか?

井上さん

本当になんとなくですが、東大を志望し始めた高校生の時からGAFAに代表される外資IT企業には興味がありました。職場の環境もいいし、給料もすごいじゃないですか(笑)なのでそういうところで働けたら楽しいし、色んな意味で成功例だろうなと思って漠然とそういうところに勤めたいという気持ちはありました。ただ、そういうところに勤めるにはやっぱり海外の大学や大学院を出ている方が有利だと聞いて、自分は今英語もそこまでできないし、ということでイギリスに留学したんです。

ーー留学や42など、キャリアを意識して行動されているように見えるのですが、そういう意識はありますか?

井上さん

キャリアを意識しているというより、全ての元になっているのはやっぱりプログラミングが好き、パソコンをいじるのが好きで、さらにものづくりも好きという気持ちだと思います。留学などについては、プログラミングの仕事でインパクトのあるところ、優秀な人が集まる環境はどこなんだろうと調べた時にGAFAがあって、その時は留学や42という行動に至りました。

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